13日、金曜日。

朝食を取る必要がなく、余裕をもって出勤時と同じ電車に乗ったら、病院に早く着きすぎた。なんと検査開始の、1時間前。
受付窓口にはまだシャッターが閉まっているが、待合室にはお年寄りが行列していて、俺のような得体の知れない世代(?)の輩も少なからず見かける。きっと同じように会社の健康診断か、再検査待ちだろう。出勤してきた交代の看護師さんたちもまだ私服姿で歩き回っていたりして、大病院の朝、なかなか興味深い。俺の気持ちにも、まだ余裕があった。

前夜、指示通り下剤を内服して寝たのだが、この時点で便意がないのは、当日に飲む下剤をもって「化学反応」でもあって催すことになるんだろう、最新の検査技術はさすがだな、などと思っていた。
担当看護師さんから本日の検査の流れについて説明があって、その後ひとりずつ簡単な問診、というか体調聞き取り。前夜の下剤が効かなかったのは俺だけだったらしく、しかも内視鏡検査初体験、ということで、この段階ですでに「警戒」対象としてマークされてしまう。
今日これから検査を受ける被験者全員(老若男女10名程度)、まずは病院用ガウンに着替えてから、揃って待合室で下剤を飲む。1時間の間に自分のペースで飲み切り、約2ℓ。俺の頑迷な、というか対人ストレスに弱い大腸は既に「厳戒態勢」に入ってしまったらしく、こんな下剤くらいでは、びくともしない。
事前の便に不純物が混ざらない段階になっていないと、内視鏡OKとならないのだ。
努力と奮闘を重ねつつ「個室」と待合室を行ったりきたり、そろそろどうだろうかと思った段階で、個室の呼び出しブザーを押し、看護師さんにご足労いただき、便の視認をお願いする。恐らく「肛門リビドー」説を考案したフロイトは、自身の内視鏡検査待ちの際にひらめいたに違いない(嘘)。
そんなわけで、看護師さんのOKが出ないと、ここから先へは進めません。
俺にだけ「おかわり」の下剤が出されたものの、下剤ばかりを飲んでも、もう便意すらこない。だいたいが昨夜の19時から何も食べてないんだもの、出るものも出るわけないじゃん。
もうこの頃には「シモの話」的な緊張感も麻痺しており、とにかくこの状況から一刻も早く脱したい。いや、これこそが病院側のネライだったのではないか疑心暗鬼。と、もはや八つ当たり気分も、空腹で支離滅裂。いったい誰に怒っているのやら。
尻はトイレへの通い過ぎで痛いし、ひとり減り、ふたり減りした待合室で、都内某大学病院での医療ミスを大々的に報じるワイドショーをやっていたテレビも消してしまい、長椅子に完全フテ寝状態。もう時間切れということで、このまま黙って帰ってしまおうか、と何度も思った。
不承不承ながら看護師さんからOKが出たときには、検査待ちも残り3名になっており、検査順もシンガリ確定。検査室に入るまでの間も引き続き排便「努力」しておくよう告げられた。
「検査」といえば、さくっと流れ作業的に午前中には終わるくらいのイメージでいたが、どうしてどうして、一日仕事な上に気力も体力も必須だ。

先日病院売店で買っておいた検査用パンツを履き、ようやく本日最後に名前を呼ばれて検査室に入ると、ベッドに左側を下に横になる。肩から腸の感覚を鈍くするという薬を注射され、麻酔の入ったゼリーを尻穴に塗りたくられ、いよいよ内視鏡の挿入。診察室のスタッフ、協働の手際がよく、ここまであっという間だった。
俺の大腸にファイバースコープを入れてくれたのは、マスクをしていて容姿のほどは不明だったが、若い女医さん。トシの程は今何かと世間をお騒がせしている「小●方さん」くらいか。お世話になる医療関係者も、自分より年下な人のことが多くなったもんだ。
一緒に画像を見ながら状況を都度丁寧に解説してくれて、俺が聞いたことには即答してくれた。
先日の、目も合わせてくれなかった内科医とは大違い。
ファイバースコープの先端がどの辺にいるかは、なんとなくだがわかる。それも直腸部分なんかでは全く感覚がない。もちろん痛い、なんてことは一度もなかった。
しかし今の画像技術って、こんなに鮮明なのか。俺の腸、キレイだったよなぁ。ところどころにはまだ、ちっこい宿便が残ってたりしたが。
小腸との境が「終点」、ここから検査のための静止画撮影をしながら、カメラを戻してくる。診察・撮影する都合上だが、撮影しながら少しずつ大腸を掃除もしてくれた。
というわけで無事に、無罪放免。
何はともあれ空腹で眩暈がしそうだったので、病院の売店でおにぎりを買って、駅のベンチまで待ちきれず、駅まで歩きながら食べた。昨夜の7時以降何も口にしないまま、時計は午後4時を回っていた。
こんな俺に粘り強くお付き合いいただいた担当看護師の方はじめ、みなさま、初めてのことだったとはいえ、大変お世話になりました。
しかし、検査って、体力があり余っている「健康な人」が受けるものらしい。

せっかく大腸をまっさらにしてもらったのに、もう「う●こ製造」始めちゃうんだよな、と夕食のとき、ちょっともったいないような、複雑な気分になった(お食事中の方、失礼シマシタ)。