春のかげろう

中野を引き払う先月末までに、次の部署で上司になる方に、休暇申請をして通っていたので、時刻表を買い込んでこの週末、静岡に行くつもりでビジネスホテルも予約しておいた。
折りしも岩水寺の桜が満開らしく、前回は天浜線に乗っていたら夜になってしまったので、今回は逆コースのイメージで遠州鉄道側から入ってみるか。そんな楽しみな「材料」を揃えて、時系列で並べてみる、パズルのような作業。
それだけを楽しみに、誰もが「無理だろう」という撤収期限を、力技で乗り切る日々。
調べてみたら、以前静岡に行った幸せな記憶は、2003年夏のものだった。

ここから先は、ボックスシートの近郊型電車。あいにくこの曇天だから、富士山が車窓右手に見えるわけがないので、迷わず海側に座るが、窓の汚れがひどく、景色が黄ばんで見える。

まっすぐのびた線路、長い駅間を持て余すように車掌が窓の外をながめ、前のボックス席では、子どもが二人、背ずりから顔だけだして後ろの席の女学生と何やらキャッキャとはしゃいでいる、穏やかな午前の風景。ときおり陽がさすほどに天気は回復して、海べりを走る。由比、興津、焼津あたり。

国鉄時代には二俣線を名乗っていた、天竜浜名湖鉄道の沿線に、祖父の住んでいた街はあった。

枕木の間には雑草が勢いよく生え、今にも埋もれてしまいそうなこころ細いレールが続いている。里山の景色が、やはり去年出かけた小海線の景色とクロスオーバーする。電車と違って電柱も架線もないので、空が広い。やがて線路を覆うように繁った木々の下をくぐり、山の中へ。ついに雨が本降りになった。通り過ぎるトンネルの暗い穴越しに、雨足が白く線をひく。

俺の文章力も、低下したよなぁ。最近、こういう文章は書けないもの。
仕事にまつわる愚痴、ともつかない雑文が多くなっている、ような気がする。
4月からの業務上の「新天地」が、「楽園」でないことは、火を見るより明らかなわけで。
そんなことを思ってメンタル的に動けなくなってしまうと、期限のある撤収作業そのものが止まってしまう。それだけは避けなければと何も考えないようにしていたのだが、そろそろわずかばかりでも、前向きな自分というのも形成しておかないと。自分的ルーツ、である(はず)静岡にでもいって、ゆっくりしつつパワーをもらってこようかと・・・思っていたのだが。
年度始め、4月1日にはみ出てしまった作業は、先方の都合なので俺の一存ではどうにもできず(リース機器の引き揚げ立会いなど)。すでに全てがカラになったキャビネットに囲まれて、自分の居場所ですらない場所で文字通り身の置き所なく、散発的にやってくる取引先の作業立会いを待っていたが、全てが終ったその日の午後から体調急変。
猛烈な胃痛を伴った、風邪との診断がついてしまった。
もちろんビジネスホテルと、さらにイタかったのは翌日に予定していたアカペラ公園用の練習もキャンセル。食欲もなく丸二日、水だけで寝てるうちに過ぎてしまった。