私はいかにして、アカペラーとなったのか ★☆☆(定説の範囲じゃないかと)

気心知れたメンバー同士でも、お互いがどういうきっかけで歌いはじめ、どういう経緯で今一緒に歌っているか、知らなかったりするもので。
ちょっとそんなことでも、書いてみますか。
今回、画像はありません。
私の場合、合唱部で歌い始めたのは中学の頃。
以前別のバンドで「歌い続けて四半世紀」などといわれたが、今や30年以上経ってしまったわけか。
先日来、OB合唱団でJazzミサ叩かせてもらったり(ドラム伴奏)、などといったことがあったように、当時から合唱が大変盛んで、合唱部はコンクールの全国大会常連校、だったりする。
歌が嫌いだったりしたら、さぞかし居心地の悪い3年間になったと思うが。幸い、俺に関してはそういうことはなかった。
ただ、肝心の入部のきっかけは、合唱部の先輩と知り合いのクラスメイトの身代わり、という妙な縁。引っ込み思案で人見知り、という今も変わらぬ性格上、強く断れなかったわけね。1〜2年生の頃はせっせと部内帰宅部活動に励んでいた。どういうわけか、本格的にのめりこんでしまったのは中学3年になってからで、まぁ受験勉強をよほどしたくなかったんだろうなぁ俺。
というわけで、持ち前の集中力を発揮し、慌てて俺なりには努力もしたが、後輩にしてみれば今まで姿を見たことのなかった先輩が急にひとりふえちゃったわけで、相当に迷惑な「先輩」だったに違いない。

予餞会といっただろうか、毎年オフィシャルな卒業式とは別に、在校生・卒業生それぞれが「出し物」をやる、という会があって、卒業生の小グループで何か歌ってみないか、と先生から同級生の(元)部長を通じてお声がけをいただいた。元部長の同級生のほかに、合唱部に所属していないものの、一緒に歌ったら楽しそうな同級生(この辺が合唱が盛んな学校のすごいとこ)に声をかけてみたところ、ちょっと型破りなことができそうなグループになった。ピアノ伴奏つきと、伴奏なしの曲、3〜4曲準備したんだと思う。その中に、メンバーのひとりがリクエストしてきた、「You Belong To Me」があった。丁度、山下達郎さんが「ON THE STREETCORNER」をリリースしたばかりで、さっそく元部長が耳コピ(ということばも当時はなかったが)してきた譜面を、ろくに読めもしない俺が放課後の音楽室で、この曲を持ってきたメンバーと一緒に四苦八苦しながらピアノで確かめたのが、最初の練習。その夜は慌ててレンタル・レコード屋に行って、出たばかりのこのレコードを借りてきた。
Doo-Wopというものに触れた、初めての経験。
いわゆる無伴奏という意味での「アカペラ」は、それまでにも何曲か演奏経験があったが、何より12/8拍子の、聴いているだけで自然とステップを踏みたくなるようなリズムに衝撃を受けた。大げさないい方をすると、人間の声の持つ新しい可能性に触れたような気がして、それまで歌ってきた合唱曲が、とても色あせたものに感じたものだ。
とはいえ当時は、その「衝撃」がこれほど自身の後の音楽活動にまで影響を与えるものだとは思わず、実際、合唱との関わりも大学を卒業するまで続くことになる。

話戻って予餞会は、体育館のステージでマイクなしの生声、各パート2〜3人、ただしリードはソロ、という合唱の延長的解釈で、演奏してきた。
後輩の演奏は、確か合唱部にも所属していた塩谷哲さん率いるピアノトリオだったと思う。
というわけで合唱Onlyだった歌への軸足が、いわゆるアカペラの方向に舵を切ることになるのは、また別の話。

今日のまとめ

  • はじまりはなんと、身代わり入部です。
  • インターネットも携帯電話も、まだなかった時代でした。
  • 肝心なこの続きは、また今度。