J'z寄せ2014

あのFaceBookがなんと、TVでCMを流す世の中になったんだなぁ。
俺のように友だちが少なかったり、友だちがいない(と思い込んでいる)ヤツがみたら、死にたい気持ちになると思うが。「制作」って難しいなぁ。
俺はどちらかというと、人と知り合うのが相変わらず苦手だ。こうして音楽をやっていなかったら、これほど多くの人たちと知り合うこともなかっただろう。そんな思いで、会場エントランスに集まった多くの方々が出演者との別れを惜しんでいる光景を眺めていた。

しかし、「絆」とか「友だち」とか、声高にいう世の中って、景気がいいとはどうしても思えないんだけど、どうでしょうかね、安倍ちゃん(カンケーないか)。

というわけで行きがかり上、終演後の話から。
外に出るとまだ明るい昼間のライブ。
「どうしたらあんなに大きな声が出るようになるんですか?」と女子大生に詰め寄られている(笑)光法の顔は、アルコールが入って既に赤い。
というのも、「別れの儀式」はまだまだ続きそうに思えた真司さんと俺が、先ほどリハの際に見つけた近所の薬局で、缶ビールを入手しちゃったためで、この時点で俺寄メンバー全員、一足お先にビール片手でした。
よい子のみんなは、こんなトシの取り方しちゃ、ダメよダメダメ…。
後ほどメンバーからの報告によると、「キレイなオッサン」(笑)という評をいただいたそうだ。今まで歌(音楽)の持つ力がキレイといわれることはあったが、俺たちへの評価は「オッサン」が不動であり、そのギャップについて評されることはあったが、その「オッサン」部分が「キレイ」といわれたことはこれまで、皆無…。
というわけで、懸案だった名古屋遠征ライブ(正式名称「J’z寄せ」)は、名古屋側の方々のご努力により、成功裏に終わった。
俺にとってはペンギンフィッシュという混声バンドで、名古屋の「アカパラ」というイベントにゲストで呼んでいただいたのが知り合ったきっかけで、ほどなくにのみさん、みゆきさんが当時所属されていた「花村」というアカペラバンドを東京へお呼びしてライブを行なった。
2008年にペンギンフィッシュが解散すると、俺サイドからは特に弁明もしてなかったにも関わらず、客観的なサゼスチョンと多くの励ましをもらった。
俺自身はどうしても直接お礼がいいたくて、思い立って急遽名古屋のアカパラへ行ったこともあった。
どういう形になるにしろ、このご恩に報いなければ。という思いはずっと俺の内にある。
俺寄で歌いはじめてからは、FANへの出演を通じてご縁が続いており、俺寄にとってはアカペラバンドとしてその活動を軌道に乗せるきっかけになった。
以来、こうして名古屋に伺うたびに、彼らの周りに集まる人たちを中心に、とても暖かく迎え入れていただいており、毎回感謝のことばはいい尽くせない。
名古屋は俺たちにとって、年々特別な場所になってきている。
そのにのみさんの口から、オクターブアベニューというバンドが「恩人」だということば。
偶然出合ったオクターブアベニューの演奏に、アカペラの将来性を見いだし、歌い続ける決意をされたそうだ。
俺がペンギンフィッシュのメンバーとして知り合う前の話だ。
今夜の主催バンド、J’z8さんたちは、そのスタイルを範としながら、オリジナリティをくわえて進化してきた。
本当に、音楽を通じた「ご縁」とは、不思議なものだと思う。

ウチアゲで酒が入ると、元々そんなに強いわけでもなく、すっかりその場で根が生えてしまった。もっとたくさんの人たちと話がしたかった、と思っても毎度、「後の祭り」。
そんな中、J’z8さんの「制作裏話」(そんな大げさな!)を伺った。
俺たちには当然のように今日、その「結果」を見せてもらったわけだが、ここに至る試行錯誤についてはもちろん知る由もなかった。
例えばあるメンバーが、本番に向けて「やりたいこと」があったとしても、それが必ずしもいい結果が出ることばかりでも、できることばかりでもない。それらの意見のやり取りが、通ることもあるだろうし、通らないこともあっただろう…そうしたメンバーそれぞれの真摯な悩みや迷いが、あの一瞬に込められたことに思いを馳せながら、実際に話を伺っていると、酒の味も違ってくる。
俺たちなんか、半分の4人ですら、しょっちゅうなわけだが(笑)。
倍の8人でここまで、意見の違いを投げ出すことなくすり合わせつつ、今日の完成度の高いステージを創り上げてこられたこと。
これらを乗り越えてきたメンバーの関係はきっと、とても「濃密」なものになったことだろう。
まさに“No Music,No Life.”某レコード屋の宣伝文句だが、音楽なくして、はたして人は(俺は)生きていけるのだろうか?
それはやはり、人間が暮らしていくのに必要があったからこそ、生まれて、根付いてきたものじゃないのだろうか。
黒人霊歌のように、人は苦しみ、悩みがあるからこそ、それを音楽に昇華しようとする。
直接生活上の課題や問題を、解決に導いたりはできないだろうけれど。
俺はこれからも、こうした「音楽の力」に関わっていたいと思う。
それこそ「生きる」ことそのものなのではないだろうか、と最近になって痛切に思う。
ウチアゲではこの後、婚約発表なんかもあって、そんな縁結びも「音楽の力」、だったりする(全く、どいつもこいつも…オメデトウ)。

またなんでこんなときに限って「ぷらっとこだま」予約済みなのだ、俺は。前回のFAN日帰りの顛末以来、全く学習してないよなぁ。
にのみさんと、再会を誓う固い握手を交わし…なかなか右手を離してくれない(笑)。
本当におなごり惜しく、毎度慌しい「撤退」で申し訳ない。
どうせ諸々の理由で一泊しかできないのなら、個人的にはやはり、前日の練習よりはウチアゲ日泊だったよなぁ(コラコラ!)。とは前日にちゃんと練習をして、無事に今回の大役を果たせた今だからいえるわけだが。

街の灯りがすごい勢いで流れていく車窓を、月だけが時速200kmでついてきた。
慌しく駆け抜けた2日間の終わり。