厄日

昨日、金曜日。
Kさんは、俺と同時期にこの過酷な現場に来たひとりで、以来今日までなぜか、俺とは比較的近しい関係だったひとりだが、「第一陣」として翌日(つまり今日)がいよいよ最終出勤日となる。ウイークデーにしか顔を合わせない職場の人たちに餞別を手渡してお礼をいって回っていたようだ。
「阿仁さんには明日ね」といってくれたが、その「明日」のことは誰にも、俺自身にだってわからない。何しろ俺ときたら、夜は元気に「明日はあれをこーして…。」などと考えているにも関わらず、翌朝には身体が重くて起きあがれない、ということが最近頻発している。それでなくとも、せっかく親しくなれた仲間たちが櫛の歯が抜けるように辞めていってしまう状況に、そも仕事に身が入らず、出勤する気力そのものが沸いてこない日々が続いている。

明けて今日。
昼休みは時間帯がずれてしまい、顔をあわせられなかった。
俺は週末の疲れがたまっているようで、朝、駅へ向かって商店街の角を曲がったら、くしゃみとともに鼻血が出た。バス待ちでは久しぶりに腹を下し、トイレに行ったためにいつものバスに乗り遅れ。「運が悪い」といえば、土曜日モード(日祝ダイヤ)でいつもより遅い時間の電車に乗ろうとしたら、目の前で「ブツ六」に行かれちゃったせいなんだろうか…。

頭の中から連日連夜鳴り続く「さくら」を追い出すために、エリック・クラプトンのブルース・ギターをイヤフォンでゴリゴリ鳴らす。なんだか無性に、ギターの音が聞きたくなったのだ。

夕方の中継ぎ休憩では時刻表を眺めていた俺に、やはり来週最終出勤日を迎えるAさんが、「いいなぁ、名古屋」としきりにいってくれる。予算ギリギリ道中は、当事者である俺にとってはかなり大変なことになりそうなのだが、そうか、俺が名古屋から土産を持ち帰る頃には本当に、Aさんはいないんだな…。
仕事内容は文字通り「重かった」ものの、量はそれほどではなかった終業前、ようやくホワイトボード前で一息ついていたら、Kさん「阿仁さん、どれがいい?」と包みを見せてくれた…んだが、俺は軽作業中(のフリ)で両手がふさがっていたこともあるが、優柔不断の悪い癖。まぁすぐ後で、帰りのバスで一緒になるだろう、くらいに思っていたわけだ。
丁度、彼女にとっての「天敵」上司が現れたこともあり、この場はひとまず解散。

「それじゃそろそろ、あがりますか」とAさんとロッカーへ。
「じゃ、来週の火曜日に」と改まっていわれたのは、数日の休みを挟んでその日が、いよいよ彼の最終出勤日だからだった。お互い、務めて日常会話の範疇で感情を表に出さないように話しているが、こういうとき男(同士)って、ダメだなホント。切ない気持ちは、素直なことばにできない。
来週からこれらの人を欠いてしまっても、ちゃんと今まで通り仕事が回るんだろうか。

帰りのバスに乗ったものの、なぜかKさんの姿はないまま発車。

…って、あれで「お別れ」だったら俺、なんだかとってもヒドいヤツみたいじゃないか。

別に餞別をいただき損ねたことをいっているんじゃなくて、俺、ちゃんとお別れの挨拶ができてないんだよ!
急に残業、押し付けられたんだろうか。
駅で、次のバスが着くのを待ってみた。
巨大倉庫の間には雑草はらっぱが広がっていて、倉庫のような造りの駅周りも似たような光景が広がる。どこかの倉庫で働いているんだろう若い女性が、野良猫に餌をやっているのをぼーっと眺めている。
約1時間後、バスが定刻に着いて、降りてくる人たち。
まだ顔見知りが少ない土曜だからよかったようなものの。俺、いったい何をしてるんだろうなぁ。1時間早あがりしたはずの俺がまだ駅にいた、というだけで職場中の噂になってしまうなこれは(^^;
…発見できず。
いくら小柄だからって、いやそれはない。
話し声はよく通るくせに、ひとりで居ると意外と気配が薄いヤツだったよなぁ、そういえば(ひとりで居るときにしゃべり続けていたら、それは別のビョーキだが)。
今となってはどこでどう見落としたものか、本人に確かめようもなく。
そのうちどこかでばったり、(別の現場で)会えるのかも知れないが、もしかすると本当にこれで一生会えないのかも知れない。
これが今の若い人たち同士なら、ミクシィツイッターフェイスブックだラインだと、これで様々な繋がり方を知って自在に使いこなしているんだろうけど。俺はメールアドレスしか持っていないが、こうしたいわゆる「バーチャルな繋がり」ができる前は、こんなときどうやって「繋がり」を維持していたんだっけ。すっかり忘れてしまった。

猛烈な後悔の念に襲われてしまい、「無事故な1週間の終わり」に、いつものようにビールを買ってきてはみたものの、全く手をつける気分になれないまま、ひとり土曜の夜が暮れていく…。

アンタ、いろいろと面倒くさいオンナ(笑)だったけど…
ありがとう
同じ職場にいながら、見えている景色は俺とは全く違っていただろうけれど
たくさんの元気をもらったよ、俺は。
カレとこれからも、仲良く。末永くお幸せに。

思い返してみると、あの職場では彼女、俺にとっての「マージナルマン」だったような気がする。彼女を介して、お陰でいろんな人と自然に話すようになっていた、気がする。
しかし、あそこまでアクの強いキャラだと、ちょっとやそっとじゃ「似たような人」すら見つからないだろうな。

別れがあれば、出会いだってちゃんとあるさ。と人はいうけれど。
少女漫画にあるような(笑)劇的な出会いなんて、そうそうあるわけもなく、実際にはいつ頃、どうやって知り合ったのかすら、すっかり覚えていない。いつの間にか気心知れた仲間と一緒に毎日を過ごしていて、こうして突然、別れがやってくる。
だから、新しい出会いの喜びよりも、別れの悲しみの方が、ずっと重くて長く残ってしまうものらしい。