早口な女

は、どうも苦手だ。
俺自身もどちらかというと早口な方だが、俺が苦手なのはどうやら、場の緊張をことばで埋めようと(努力)しちゃう女、というものらしい。

今日はついに、Sさん最終出勤日。
彼は昨年10月、俺寄の船橋デビューにこの職場から、ただひとり駆けつけてくれた、俺にとっては恩人でもある。
日ごろ休憩室に集まる他のウィークデーチームの仲間は当然、全員お休みな、連休2日目。
俺にとっては彼ら全員との、一気に近づいてきた「別れの日」の予行練習みたいな雰囲気で、仕事に身が入らない。
いつもと変わらないキビキビとした動きの仲間に刺激をもらって、なんとか身体を動かしていたが、仕事量自体もそんなわけで「大異動」を前に、かなり減ってきている。
朝礼前後、Sさんはそんないつもより圧倒的に少ない出勤者に、挨拶して回っていた。
昼食は一緒にとることになった。
彼と一緒に休憩室に入ってきたNさんが、俺の隣に座る。
早口な話し方と声が、数少ない俺の嫌いなヤツに似ている、という俺様都合だけで、多数の輪の中ならともかく、ここ数ヶ月は互いのためと俺の方からは敢えて近づかないようにしていたりするんだが、まぁ今日くらい、一緒にSさんとの別れを惜しんでもいいか…と思ったのだが、このNさん、休日の今日は俺とSさんくらいしか顔見知りがいなかったからか、久しぶりに俺が同じ席にいるからか、日頃にも増してマシンガントークが絶好調だ(その割にはすわったように見える目つきが怖いんだが…)。
シメのおことばなのかSさんには「まぁ元気で頑張ってくださいよ」と繰り返すばかりで(いやみかよ)。
内容がまた、(この時期)配慮に欠ける、というか、付和雷同な噂レベルの話だけ、というか…。
順次、面接に呼ばれている人たちがいる、とか、
誰某が最近、部署を異動になったのは人間関係がこじれたからだ、とか(これは俺が知る限り、本人希望による異動だったと、当のご本人から聞いている)
どうみても仕事のできそうにないヤツが残っているのは、影の「権力者」だからだ、とか
どうもアンタの話は毎度根拠がなくて、要領を得ないんだが。
今になって冷静に思い返してみれば、結局今回も俺自身が想像で補うしかない「噂話」ばかりだが。
俺をこれ以上、不安に陥れたかったのかよ。
日々平静を保ったフリをして職場にいるのって、結構大変なんだが。
それでなくとも、溢れてくる思いが具体的な感謝のことばにできずに、もどかしい思いでいっぱいなのに。
今だけはせめて、別れの思いに浸らせてくれよ。
Sさんを始め、休み時間にこうして談笑できる仲間がいてくれたというだけで、どれだけ毎日が救われていたことか。ともすると寒暖の差が激しい、厳しい環境の職場に毎朝来ることですら、正直億劫なときもあったのだが。俺の前職だったデスクワークに比べたら、今の俺の方が、誰が見ても「激務」だと思われるだろうけれど。
なんとか今日まで務めあげられたことには、自分自身が一番びっくりしているのだ。
人間って、不思議なものだ。
その仲間の「中心」にいたはずのAさんとも、先日お別れの挨拶を済ませたばかりで、今はもういない。
「明日からまた、老け込んでやる〜」
次の仕事が決まり気持ちを切り替えようとしているところに、こんなことをいわれたら迷惑に違いないが、これくらいは俺のメンタルヘルス上、Sさんにいっておくべきだったか。
「阿仁さんが日に日に老け込んでいくように見えて、心配だった」とAさんに笑われた、あの極寒の「屋外」作業場に移動になったときも、真夏に扇風機しかない屋内での作業も…。
期せずしてSさんも、俺と同じ思いだったようだ。
前の会社を辞めた理由について、初めて本人の口から語ってくれた。
ここへきてからは、Aさんがときに執拗に話しかけてくれたお陰で、ようやく自身から心を開くことができた、とも。
こういう単純作業の仕事なら、今の自分にもなんとかできそうだと思い応募した、というのも、あの頃の俺と同じ思いだったらしい。
ここの仕事自体はどれも単純に見えるものかも知れないが、だからこそみんな、俺よりはずっと強い責任感を持って仕事に就いていた気がする。有給消化期間に入ってからも、AさんとSさんは事前に相談して、何かと人手が足りないこの時期、担当業務部分で「欠員」が出ないよう、出勤日を互いに調整していてくれたらしい。
願わくば新しい職場でも、あまり几帳面に頑張ろうとしないように…。

本来作業は前倒しで終了してしまい、夕方の休憩時間には早上がりできるスタッフも。
俺はなんとなく気持ちが「残業」から逃げていて、いつもなら行かない奥の作業場で仕事しているフリをしたりしていたのだが、名前が書かれたリストを手にしたチーフが回ってきて声をかけられてしまい、残留決定。
すでにハンディを手にした別の仲間とすれ違い、「待ってますよ〜」といわれたので、「(休憩終わったら)すぐに合流するよ〜(笑)」と答えて、丁度休憩時間。
とはいえこの沈んだ気分。
缶コーヒーを飲んでいる俺の席に、残業には参加しないSさんが来てくれた、バス待ちの時間。とりたてていつもと変わったことは話さなかったが、また少しだけ話ができた。
帰りのバスの時間になって、乗り場前まで話しがてら見送りに行こうと思っていたら、またしてもNさんが通りかかり、俺に「帰っちゃうの?」と声を掛けてきた。
いや、今日の職場の状況だったら俺の勝手でしょどっちにしても(さすがにそんなこたぁ、ないか)。
Sさんとの話が途切れてしまい、「また偶然、どこかで会えそうな気がします」といってもらって、その場でお別れとなってしまった。
仕事合間の限られた時間、しかもNさんが要所要所で話しに割り込んでくるので、更に短い時間になってしまったが。
それでもある日から突然姿が見えなくなる仲間も多い中、ちゃんと話ができただけ、よかったのかも知れない。

あ〜あ。これだから必要以上に多くの人とは、親しくなりたくはなかったんだよなぁ。
別れの辛さは、耐え難い。
これが「俺と(対等に)付き合える資格のあるヤツは、俺が選ぶ」という風に思われちゃうと、なんだかとっても偉そうな自分にすっかり、嫌気が差してしまうけれど。

終業時間少し前になって、ようやく俺に割り振られていた確認作業が終わったのだが、現場のリーダーから、別部署から応援に来ていた方(この人とは、以前一緒に仕事していた顔見知り)と、終業までの残り時間で「Nさんの」ラインを分担して、ということだった。
「ここからここまで」が終わっていない、とNさん本人からの説明を受け、残り時間的にまず応援者さんと俺で1単位ずつやっつけることにしたのだが、実際に作業を始めたところ、そのNさんがどこかへ行ってしまう。
「なんかおかしくない?」と応援者さん、明らかに怒っている声だし。
確かに。残りの確認作業、結局俺たちふたりだけでやるわけ?
現場リーダー経由で、既に他のラインに移っていたNさんを呼んで、再度説明してもらうと、実はその先は全て、確認作業を終えている、とのこと(ホントかよ)…ちょっと常人には理解できない作業順序だ。

かように、Sさんとの会話の記憶よりも、Nさんが「主役」になってしまった一日に、ややうんざり。
今日の一連の出来事で、俺の中ではNさんがハッキリと「嫌いな人」になってしまった。
これはやはり互いのための「距離」と思って、俺から近づくようなことはやめようと思う。

それにしても、なかなか片付かない仕事というのも嫌だが、これといったトラブルなく片付いてしまえば、それはそれで「明日」が近づいてきてしまう。それは確実に、別れの日が近づいていることを意味する。
残された時間はそうも長くはなさそうで、つい投げやり気分な毎日になってしまう。