ライバル。

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種を、飛ばす。

長いこと音楽活動に身を置いていた間、そういえば「ライバル」と呼べる人との出会いは思いつかない。
はるか昔、合唱部時代の先輩連中には追い付きたい、追い越したい、という思いが強かった時期も、あるにはあったが。


別にパートや楽器が同じじゃないにしても、今も心から尊敬できる人のひとりくらい、いたってよさそうなもんだが。
いや、実際にはなかったわけじゃなく、俺自身がそういう風に環境を認識できなかった、俺という人間の「限界」だったということなのだろう。
いつの間にやら「ひとりよがり」になっていたのかも知れない。
わざわざ誰かをライバル視することで、木っ端みじんに負けるかも知れない恐れに向かい合わずに済む、という程度に臆病者だったということもある。
結果論ではあるが、そんなライバルが俺の心の中にいたら、もしかしたらまだ踏ん張れていたかも知れない。
自分だけを「相手」に、自らは他人に心を開くことない「孤高」の中で、よくもまぁ40年も続いた、というべきか。

連絡をもらっていながら電話のタイミングが合わず、互いにここ数日すれ違っていた友人と、やっと電話が繋がった今日。
本厚木の洋食店を閉めることに決めたという連絡だった。
俺としても思い出の場所がなくなってしまうのは寂しい限りだが、そんな感傷的でネガティブな話などではなかった。
相変わらず、ひょんなことから繋がった人間関係がいい方に転がっての発展的解消…事業規模の拡大に向けて本格的に動き出すにあたり、「非採算部門」を解消する運びとなったに過ぎなかった。
実際、彼の話の中ではすでにかなり具体的なビジョンができあがりつつあって、そのために動き始めていてここ数日、連絡が取りにくくなっていたよし。
彼に会ったことがある人ならわかると思うが、決して熱弁をふるうようなタイプではなく、日頃の彼はむしろ訥々とものごとを語るタイプ。
しかしフットワークの軽さも、相変わらずだ。

翻って俺はといえば、丁度秩父アニメ三部作の最新『空の青さを知る人よ』を繰り返し見ていて、自身の高校時代からの成長ぶり(のなさ)について、物語に重ねてつらつらと思い返していたところでもあったわけだが。
彼とは偶然にも小学校から高校まで一緒で、学校時代の成績は僅かばかり俺の方が余裕があったくらいだがまぁ高校はいわゆる底辺校(当時)だった。
彼は高校を卒業すると俄然頭角を現し、それこそ真剣に自分と向き合って自分のやりたいことを探し続け、手に職をつけて今の仕事に辿り着いた。
一方の俺はというと…流されるままに流れ着いた今の仕事は、特にこれといった技能の必要もない、いつでも誰かと取り換えのきく、ありふれたしがない事務職員だ。

「このまま洋食屋のオヤジで終わるつもりはないから」
の、彼らしくない力強いことばには、こんなに野心的なヤツだったかとビックリしたが、自分を鼓舞するために出たものだったのかも知れない。
そんな彼は俺にとって、正直妬ましかったときもあって、以前なら己の非生産的な仕事が嫌になり手につかなくなることすらあったものだが、今は地元に腰を据えた生活と仕事の在りように、手放しで尊敬しかなく、もうここ何年もの間、ライバルと呼ぶには俺の方が人間的に小物すぎて、すっかり眩しい存在だ。