移転作業

咆えろっ88鍵

日曜出勤、フタをあけてみれば、発荷立会い担当は俺一人に決められていた。
まぁ業者が全てやってくれるから、これで十分なんだが。お陰で荷を送り出した後は、館内でなんでもやり放題。

開門前の早朝、一方通行を無理に逆進しようとしたトラックが、うるさ型の住民に取り囲まれて口論に。ドライバーが逆切れしているという状況。
門の前には現地集合している業者スタッフが数人いたので、「お宅の(トラック)?」と聞いたが違うという。安堵。
ほどなく通報により、警官が駆けつけたようだった。

搬出作業はまさにプロ。営業のヒトもここではただの若造扱いで、指示はすべて、角刈りのボスから。一台にどうやって、どれだけのものを詰めるのか瞬時に判断、てきぱきと指示を出す。その間にもチームは動いていて、壁のアンカーボルトを外す人、ロッカー内部の棚板や観音扉を固定する人、台車を持ってくる人、搬出する人・・・。さすがのチームワーク。
俺はただ邪魔にならない場所で見守るだけで、作業終了。荷は芝と永田町のニ方向に加え、途中で柏行きのチームが合流したが、同じ会社なので特に指示を出されないのに互いに手伝っていたのがすごい。予定通り11時には搬出終了、途中で昼休を挟んで、13時から永田町と芝で荷下ろし作業となるはずだ。
あっという間に全館無人、ひとり取り残された体となる。
正門の立派な名称看板をはずし、外門全てを施錠。

こういうシチュエーションは早朝や土日には何度かあったが、今度こそ二度と、誰も来ないのだ。うっかり、先日体育館で歌った歌を口ずさんだら、かえって無人の廊下に虚しく響いてしまい、なんだか目頭が熱い。こらえきれずに友人数人に短いメール・・・弱くなったなぁ、俺も。
一気にあふれだしそうな思いをなんとか抑えて、これだけの文にするのが精一杯だった。

「たった今、最後の引越し業者が出発し、そして誰もいなくなりました。」

送りつけられた方が困るだろ、こんなの。
少しの間、メールのやりとりがあって気がまぎれたのが、とってもありがたかった。

どうせ芝には、自分の机の荷物開梱とばらしたコピー機の復元に間に合うよう行けばいいので、いつものように交流サロンで昼食をとってから、ここにきて初めて、今まで開いたことすらなかったグランドピアノのフタを全開にしてみた。
さぞかし情のこもった名演・・・と思われるかもしれないが、こういう時は得てして感傷的になりすぎている分、ボロボロなもんだ。却ってストレスがたまる。

無人になった館内を数カット、写真に納めて現像出しに。
その後合流した芝の新事務所は、やはり勝手のわからない休日の事務所内で作業が遅れ気味。「年長組」は相変わらず野次ともつかないことを呟くだけで全く役に立たないし、挙句他のスタッフの名前が書いてある箱までどんどん開けてロッカーに詰めてしまったから、最後に箱詰めした私物ですら、何がどこにあるのかすっかりわからなくなってしまった。
「そろそろ目処をつけよう」・・・っていわれなくてもやめますよ、もうバテバテ。
慰労会のお誘いがあったが、当然そんな元気も残っておらず、ここ数日の俺の激務を知っている同僚が「阿仁さんは帰って寝た方がいいよ」といってくれたので、地下鉄の駅へ向かった。
明日もまだ、この繁華街のど真ん中にぽっかりできちまった無人の館に、来る必要があるのだった。