弾丸湯治

平日休み。
「港湾労働者」(笑)になって約2ヶ月、そろそろ皮膚だけでなく身体にもガタが来始めているようなので、ひとつ覚えの奥の手、秩父のいつもの温泉に日帰り湯治、千葉からだと移動距離が「弾丸」レベルだな、に行くことにした。
ついでに銀行に寄るつもりだったのに、必要な書類を部屋に忘れた。
出だしから躓いているのが、気分よくない。
何とか気持ちを持ち直して、見込みより30分ほど遅れて京成線で日暮里へ。
途中、青砥での乗り換えは偶然にも、写真の「絶滅危惧」車種、3300系に乗車できた。

あんなに慣れ親しんだはずの山手線の各駅が、池袋の街が、かつて住んだこともある練馬の街が、やけによそよそしく見えた。俺はすっかり、千葉の人間になってしまったらしい。在住期間こそ短いものの、ここまで色々とありすぎたよな。
西武線に乗っているはずなのに途中、地下鉄副都心線だけでなく東急・東横線の電車ともすれ違う。池袋線なのに渋谷行きがあったりもして、かつてを知る人間にとってはもう、この辺り、むちゃくちゃだ。

大幅に本数が減る飯能駅の乗り換えでは、思いのほかスムーズで、寒いホームで待たされることなく西武秩父行きに乗り換える。

ボックスシートに両足を延ばして、武蔵横手ソラとミドリ(草刈り用に飼われているヤギ)を見るためだけに、左車窓に陣取っている。

西吾野駅には、勝手に「俺の木」と呼んでいる八重桜の木がある。ステロイド剤のリバウンド時代にも、幾度となくこの前を電車で通った。症状もあらかた落ち着いたある春の日、偶然通りかかったとき、みごとに満開の花が咲いていたのを見て、ようやく「春」を実感できたこと。昨日のことのように覚えている。今はもちろん、まだつぼみすらないが、以来なんとなく通りかかるたびに、目がいってしまうものだ。

正丸駅から席を右手に移動。実はこの辺り、「トンネルを出ると、雪国だった」を上越国境まで行かなくても、東京から比較的身近に体験できる場所。今日も、長い正丸トンネルを抜けると、一面の雪・・・残念ながら今回はまだ、日陰にうっすら程度だった。

電車は芦ヶ久保駅から一気に横瀬の街に向かって下っていく。左手にはみごとに雪化粧した、秩父一の高さ、武甲山が・・・と目を向けると、手前の車庫スペースに、解体作業中の3000系の無残な姿を見てしまった・・・。

最近は小手指ではなく、ここで解体作業をするらしい。学生時代からなじみの電車が、また一台。難儀な趣味だよなぁ全く。

歩道橋のところにあった文房具屋はやはり廃業されたようで、裏手側町役場の駐車場が拡張したようになっていた。
2年ぶりだったか、俺。それだけ、湯治の必要性を感じなくなるくらい体調がブレなくなったという喜ばしい状態ではあるが。

この辺り、どの家々の間からも冬の武甲山が大きく見える。やっぱり俺は山育ちの人間なのかなぁ、と思う。国内どこへ旅行に行っても、つい富士山を探してしまったりするし。海は海で、ここんとこ毎日のように見ており、それはそれで表情豊かで見ていて飽きないものなのだが、心落ち着く、というよりはわざわざ眺めに行く貴重な景色のひとつ、なのかも知れない。

途中、小学校裏手にあたる下り坂では道路拡張工事が佳境だったが、余所者としては「余計なことを」、と思ってしまう。川も浚渫工事中だったのか、全く写真にならない。

はるばる辿り着いてみると今日の温泉では、今日は宴会場でカラオケをやっている客もなく静か。観光客やハイカーで賑わうのも、さすがにもう少し暖かい時季になってからなので、ゆっくり温泉に入りたい向きにはこの時季が最適だ。
何より変わらず迎えてもらえるこの風情が嬉しい。

軽く身体を洗ったら、まず「秩父一の広さ」を謳う露天風呂へ浸かる。皮膚が弱い俺にとっても、湯が熱すぎないのがいい。首から上が外気にあたっているだけで、水道水よりは身体が芯から暖まっているのがわかるのに、露天の方がのぼせにくい。
それから屋内で炭酸泉の浴槽へ。屋内浴槽のジェットバスで背中と足裏をマッサージしたら、また露天風呂へ。という、俺のいつもの入浴コース。相変わらず足裏は痛いところもなく、どうやら健康。

入浴前には、何年かぶりに体重計にも乗ってみたが、やはり予想通り、ベスト体重に戻っていた。いぇい!

帰りがけ、フロントで近所の観光チラシを眺めていたら、これから風呂に向かう地元のお年寄りが「これからどちらへ?」と話しかけてくださり、手に取っていた芦ヶ久保の「氷漠」は、今年初めての試みだと教えてくれた。帰りも左手車窓に陣取っていたのだが、芦ヶ久保駅手前のトンネルを出たすぐ右手の、ひなびた神社のあったあたりに瞬間、氷漠らしきものが見えた。どうやらここらしい。
電車は冬枯れの景色の中、往路とは逆に淡々と山を下って行く。吾野では、夕日が山を真っ赤に染めあげた。ほんの一瞬のできごとだった。
往路をそのままトレースする形で帰宅。商店街を歩いてすっかり、「帰ってきた」、という気分。
久しぶりの湯治が効きすぎたのか、「瞑眩反応」として出ちゃったものか、ここ数日、猛烈にだるいんだけど。