京成・AE100形

金曜日、仕事疲れを引きずって帰ってきたら、京成西船駅の改札脇に、写真のチラシが。ショック!
この先の内容はあくまで、俺が千葉に引っ越してきてからの認識なので、事実と異なっていたらゴメンナサイ。

AE100形は平成2年、京成本線経由で成田空港を結ぶ特急スカイライナーの二代目として就役。
平成22年、京成高砂から分岐して「成田新幹線計画」を再利用する形で北総線成田スカイアクセス線)が成田空港まで全通すると、成田へのルートが直線的になり、時間も大幅に短縮。これに合わせてデビューしたのが現在のAE型で、時速160kmの高速運転ができる性能に加え、すっきりとまとまった車両のデザインは山本カンサイさん、ミュージックホーンや車内案内放送のチャイムなどの音楽は、向谷実さんが手がけている。

京成線内の運行も大幅に変わり、都営浅草線とそれを経由してやってくる京浜急行の紅い電車たちも、特急スカイライナーとともに全てが北総線経由になってしまう*1

空港連絡特急の役目を譲ったAE100形は、通勤電車よりは製造コストが高い特急専用車両だし、日々のメンテナンスも十分に行なわれていたのだろう、あっさりと廃車・解体してしまうには車齢も若かったらしく、成田山新勝寺への観光輸送用に「シティライナー」と名づけられて京成本線経由の特急として残り、京成上野成田空港駅間を(京成本線経由で)1日数往復だけ、運行するようになった。
当初は平日も運行されていたように記憶しているが、東日本大震災直後、しばらく節電のためか運休が続き、運行再開の際には京成成田止まりとなっていた。思うように利用者が延びなかったらしく、程なく1日1往復運行、さらには土・休日のみ運転になり、2016年になってからは時刻表に載らない不定期列車に格下げされてしまった。
このAE100形については面白い話があって、写真で見るようにボンネット形特急列車にしては珍しく、正面に貫通扉がついている。これは非常口で、当初は地下鉄(浅草線)乗り入れが考慮されていた証。『日本の私鉄 京成電鉄』広岡友紀(毎日新聞社 2011)によると、今でこそ東京メトロ・千代田線に小田急ロマンスカーが乗り入れているが、当時は「地下鉄への相互乗り入れは通勤輸送が目的」「前例がない」というお役人的石頭で、車両落成後になって東京都や監督官庁から横槍が入ったりして、最終的に乗り入れは実現しなかった。乗り入れ相手がメトロでなく都営地下鉄だったことの悲劇だったかも知れない。
そもそも設計段階で貫通扉をつける必要がなかったなら、もっとスレンダーで魅力的なボンネットデザインもいくらでも可能だったに違いない。明るいトリコロールカラーを纏いながらも、貫通扉部分はフラットにする必要があったために、見る角度によっては前頭が妙にずんぐりして見えてしまうAE100形の今の姿は、デザイナーの苦心と絶妙なバランス感覚が感じとれる。

100形の運行を残すと決めたとき、京成電鉄としては伝統ある(本線経由の)成田特急という固定観念だけでなく、京成津田沼から別れる千葉線での着席通勤特急構想、とかは検討されなかったのだろうか。
JRが民営化当初に始めた、回送特急車に着席料金を徴収することで「座って通勤できる特急車両」は、通勤ライナーなどの名前で各地に定着した。今後も需要が見込まれることから、中央快速線にはグリーン車を増結する計画まであるという。

京成千葉線は、京成津田沼から千葉にかけて、JR総武線と並走していて、いわゆる競合路線だが、競合とは名ばかりで、現状は残念ながらJRの圧勝になってしまっている。
東京方面への乗客に対してまともにJRと争奪戦をしても、利便性もルートもかなわないので、現在は土・休日や平日昼間に新京成線の車両がはるばる北は松戸から、途中の千葉中央駅までの乗り入れを復活させて、活性化を模索している様相だ。
ここに、京成上野駅までの着席特急を走らせていたら、どうなっていただろうか。
途中停車駅はどうするのか、とか各駅停車を待避させる駅がない、とか色々と検討課題はあっただろうが、平日昼間は閑散としているもののさすがに朝・夕のラッシュ時は首都圏内なので、「少しの追加料金で座って通勤できるなら」という需要は、ここでもそれなりにあったような気がする。
都営浅草線の向こう側では、京浜急行が品川―横浜間で通勤特急を走らせて、それなりの収益を上げていると聞くし、京成でもAE車を使った「モーニングライナー」・「イブニングライナー」が、京成上野ー成田空港間の着席特急として、朝夕限定で運行されていて、このときばかりは本線で滅多に見かけなくなったAE型特急車が、本線を走っている。
成田までより運行距離は多少短くなるが、ピストン輸送で折り返すことにして、編成も8両は多いだろうから4両程度に短縮するにしても、1時間に1本ずつでも走らせれば、もしかしたら昨今、無理な長距離運行で遅延が多くなっているJRからの乗客を奪い取ることもできたかも知れない。
これは俺が沿線住人になって思うことだが、京成線は本当に遅延が少ない。現場のご努力によるものだと思うが、都営浅草線やその向こうの京急の遅れを受けて、ということはあっても、自社線内原因での遅延は極わずかで、他社線の影響で遅れる場合も本線系統の電車は定時に来てたりして、さすがに相互乗り入れに長い歴史をもっているだけある。この間に相当高い、定時運行に関するスキルが現場に蓄積されているらしく、俺のようにちょっと専門的な目で見ていても、いい意味でビックリさせられる。
このこと自体、社のもつ高い専門「特性」として、もっと誇っていいと思う。
経営陣に、「(この特急列車が)地域に定着するまで続ける」という強い決意があったなら…。
東武鉄道の日光特急スペーシアに対して、桐生・足利方面への特急「りょうもう」みたいな「2本柱」な存在として、意外と定着していたかも知れない。そういえばボンネット型のデザインも、「りょうもう」号とちょっと似てるかも。
さらに都営・京急・京成の3者間で特急運行について調整がついたとしたら、AE100形は本来の貫通型を生かして地下鉄にも乗り入れ、(京成)千葉―羽田空港あるいは横浜間の着席通勤特急も実現できたかも…と、テツな俺の妄想は膨らんじゃうんだが。

会社の上司が俺と同じくテツな人だと判明したので、休み時間にそんな話をしてみたものの、残念ながら一向に盛り上がらなかった。
東京圏の(北)西側に住んでいる人たちにとっては、京成電鉄って関わり合いが薄くてなかなか興味が沸いてこない私鉄なんだよなー。
俺自身も3年前までそーだったし。自分でも今になってこれほど、KEISEIにハマるとは思わなかったが。
というわけでこれまで取りためたカットの中から、比較的マシなヤツを貼ってみた。
ここしばらく残された週末の機会は、撮影通いだな。
しかし俺がカメラを持ち出すとなぜか、天気が冴えないんだがなぁ*2

*1:都営車は一部、京成本線への乗り入れが残っている

*2:1/30(土)の天気予報も、雨だし…。