心象デッサン。

人恋しさがどうしようもなくなったら
たくさんの思い出が詰まったこの部屋を出て
新しい街で暮らすのもいいし
自分から遠ざけてしまったはずの音楽を
実は求めてることがはっきりしたのなら戻ればいい

そんな結論が欲しかったわけじゃない

ただ
社会とか他人のせいにしないで
自分ひとりの人生くらい
そろそろちゃんと組み立ててみろよ

ようやく心の速さについてこれる身体を手に入れたのに

人生は
早い者勝ちなことばかりじゃないって
誰かにそっと
いって欲しいだけなのに

久しぶりの、絶対無気力。
(午前)10時頃に二度寝したのは憶えているのだが、次に目が覚めたのは17時過ぎだった。
3月中の出来事がきっかけで、早々に今年は音楽活動見合わせ、と決意してしまったせいか。いろんな思いばかりが日々鬱積してしまい内に溜め込むばかりで、早くもこれらの気持ちの吐き出し先に困る。
趣味は他にもあるが、今のような無気力状態では自分で自分を律するような予定を組めるはずもなく、全てが「今日やってもいいが、別に今日やらなくてもいい」という程度の意識の中で、気づけば仕事だけの毎日に自分を追い込んでしまっていたらしい。
物事には始まりがあれば、必ず終りがあって。
実は、そろそろここいらが潮時か、いっそこのまま誰にも知らせず、静かに「引退」してしまおうなどと思いつめていたのだ。
それほど自分の生活の、この先行く末に、今よりも上向きな展望が持てないでいる。
そんな俺の事情をもちろんご存じなはずもなく、企画バンドへのお誘いメールはある日突然やってくる。
ありがたいことに、こんなタイミングで。
今までも、俺から見限ったつもりの「音楽」に、こうして何度救い上げられたことだったか。
これが、「シンクロニシティ」というものだろうか。
一晩考えた末に結論が出ず、翌朝。実は丁重にお断りするつもりだった。低血圧ゆえ、午前中での決断は後ろ向きになる傾向が強いのが俺の常。
だが仕事から帰宅したら一転、自分でも不思議なくらいにすっかり気分が前向きに変わっており、演奏に付随する「新しい出会い」にワクワクする余裕すらあった。
こんな俺でも、まだ誰かのお役にたてることがあるのなら…どちらかというとそんな殊勝な心がけからというよりは、むしろ自分の内に溜った気持ちの行き先を与えてもらった、という感じ。
音楽表現に魅入られた生活(俺自身は、たかがアマチュア演奏家、ではあるが)。
癒されることはあっても、この先も決して満たされることはないだろう。
だからこそ、続けられる。
「(自分の)外の世界の方が広い。」
本当に。自分の外の世界からは、どういうアクションがあるか、全く予期できないものだ。
前のバンドが解散しちゃったときに、励ましてくれた友人からのことばを不意に思い出した。
っつーわけで、久しぶりにかっちょいいところ、みせちゃおっかな〜。