闘「傷」記(3日目)

今日のすっきリス=6位:三連休は近場に出かけて。

10時を回ると、テレビが一斉にピョンチャン(冬季)五輪になってしまい、つまらない。
自身がこんな状態のときに、元気一杯動き回っている選手たちなんか、見られるかぃっ!(っつーか元々興味薄)。
今の精神状態で、貴乃花相撲協会のすったもんだを見せられるのも、精神衛生上よろしくないが。どっちの言い分からも、不健康な波長ばかりしか伝わってこない…。

福井〜石川の豪雪、国道8号線の立ち往生は、自衛隊の奮闘もあって今日までに解消したらしい。
自衛隊へ出動要請、というから、「おぉ、ヘリで1台ずつ吊り上げるのか」と思ったら、テレビで流れている映像はなんと、一斉にシャベルで雪かき…だった。
理不尽な理由で「篭城」という身動き取れない状況から、勝手に妙な同胞意識、親近感を醸成してしまったらしく、これに関して沿道の方々によるトイレの提供や食事・飲み物の差し入れ、といった助け合いの美談をテレビで見てて、「うん、うん」となぜか涙が溢れ出てしまった。
弱ってるなー、俺。

というわけで、俺も身動きが取れなくなって、早3日目。
黙ってても食事が出てくるわけもなく、急速に栄養状態が悪くなっちゃったせいか、完治していなかった風邪もほどなくぶり返し、喉はガラガラに逆戻り。
時々咳、痰の絡んだ長い咳になってしまう。痰の排出自体、免疫は機能しているようだが、これもいつまで持つかはわからない。
風邪薬とのいつものサドンデス状況も、早くも俺の閾値を越えてしまったために服用断念。風邪が完治する前に既に胃痛、便秘に代表される消化器系の不調が始まってしまっている。これ以上、風邪の症状ごときで薬を飲み続けることの方が失うものが多いのだ。
今にしてこのしつこさはもしや、巷で噂のインフルB型だったのではないかとも思うが、これも今となってはどうでもいいことだ。
それよりも、うっかり腰痛を悪化させてしまい、今以上に身動きできなくなっちゃう可能性の方が、はるかに深刻な事態。
結果的にここまで悪化させてしまい、水曜日に無理して出勤してしまったことを猛烈後悔中。何であんなに「死に急いでしまった」のか、俺は。俺にその日の出勤を決断させた打ち合わせは、実は大した内容じゃなかったし。むしろ今日予定の打ち合わせの方が大事だったような…。
そういえば職場(も人も)、バリアフリーどころかバリアーだったわ、ウチ。
退勤間近の時間帯になって、それまで椅子に座っている分には痛くなかったのだが、姿勢も変えていないはずなのに時折、痛みを我慢しようとして脂汗、という状況になってしまった。そこまででなくとも、鈍くずっと続いている痛みは、吐き気に似た感覚になってしまう。
風邪のぶり返しに伴う咳やくしゃみの仕方は、うっかり間違えると直接腰にくるので、細心の注意が必要だ。
昨日の夜あたりから、院長のゴッドハンドが効いたものか、風邪薬で痛めつけられた消化器系が復旧動作を始めてしまったらしく、便秘解消が始まってしまい…実は不意に訪れるコレ(便意)が一番、腰につらい動作、だったりする。ひとまず便器が和式じゃなくてよかったよホント。
小便もいちいち座ってする羽目になるわけだが、時節柄寒さで縮み上がっている「先端」から、うっかり自分に向かって「放水」しちゃったりして…(わかるよね!)。我ながらもう、グダグダ。

家から歩いて数分のはずの施術院までも、いつもの3倍ほどの時間がかかってしまう。
商店街の小洒落たタイル張りの舗道は、元々突き固めがちゃんとしていなかったのか、それとも東日本大震災によるものなのか、こういうときに歩くとわかるかなりの段差になってしまっていて、むしろ丁度年末からガス管の埋設工事を埋め戻したばかりのアスファルト上はタイルがなく、舗道の脇を真っ直ぐ進んでいて、この上を辿った方が路面凹凸が少ない。しかし幅はせいぜい1メートルといったところなので、一度宅配便の台車と鉢合わせたが、明らかに譲ってもらってしまった。申し訳ない。宅配便屋さんも、この道のどこが「走りやすい」のかよくわかっていらっしゃるようだ。

電柱2本くらいごとに休まないと、骨盤の内側で大きな筋が不意に「グリンッ」と波打つ感じがあって、これが最も痛く、うめき声を押し殺そうと電柱にしがみついたまま、目の前が真っ白になる。
この痛みは、同じ姿勢だとずっと続くかと思いきや、無理な姿勢のせいではないらしく、数秒から10秒程度、その猛烈な痛みを我慢できればやり過ごすことができることには気付いた。しかしその数秒が、猛烈に長く感じる。
それてなくとも腰の痛みを庇った歩き方はすぐに限界がきてしまい、太股の筋肉がパンパンになってしまう。
傍目には、壊れたアシモのような危なげな歩き方になっているはずだ(さすがにこれは、知り合いに逢いたくない)。

この体内の筋の動き、実に些細なことで起こってしまうようで、俺にとって想定外な間近を他人が通りすぎていっただけでも、まるで内臓がびっくりしたような反応で、腰に猛烈な痛みを捲りあげてしまう。本人の意識としては、もちろんこの程度で驚いてはいないのだが。胃はメンタルの些細な変化にいちいち動いている、という話を聞いたことがあるが、もしかしたらそんなようなものなのかも知れない。
「プライベート・ゾーン」に立ち入られることに、過敏になってしまっているらしい。
俺に近寄るなぁ〜!…お願いだから。
相手にとってはソフトカバンの端がちょっとかすった程度でも、当たられた俺の方ではやはり内臓が反応してしまい、猛烈な痛みに立ちすくんでしまう(当然相手は何が起こったか全くわからない)。
予期せぬ場所で後ろから、とか出会いがしらで(相手が)片手にスマホ、とかが最も危なく、こういう相手には殺意が芽生える瞬間。これはもうこちらがどれ程注意していても、起こるときは起こってしまう事態なのだが。
とにかくいつ、何がきっかけで「内臓が動く」かがわからないので、戦々恐々。

ところがこれが意外だったのは、院長が「念のため」、と持たせてくれた松葉杖。
足の怪我ではないので、俺自身は最初抵抗があったのだが、早速医院からの帰宅道中でこれらの「危険」が半減してしまった。松葉杖の、意外な効用。
足を引きずるように歩いていても、電柱にしがみついて痛みを堪えていても、容赦なく「プライベート・ゾーン」に割り込んできていた人たちが、松葉杖を持っているヒト、というのは目の端からでも「認識」しているらしく、無意識にむこうから一定の距離を保って避けてくれるようになった。
恐らく俺も日頃無意識にやっていることなのだろうが、不思議なものだ。
さすがにコンビニやスーパーの狭い通路ではこうはいかないので、逆に杖がある分幅員オーバーしている俺が気を利かせて身体を捩ろうとすると…痛いっ…!(だから止めとけってば俺)

しかし久しぶりにこうなって改めて思うに、自分の部屋の中くらい、2足生活(立って暮らす)か4足生活(床に広げる)か、どっちかに決めとけばいいんだろうな。結局どっちつかずな日本のアパート暮らし。痛みに耐えて立ち上がったものの、うっかり床に置いちゃったものは、腰の痛みを庇いながら恐る恐る拾うことになる。4足歩行と割り切ってみたものの、今度は机の上に置いちゃったものに手を伸ばしたくらいでは届かないので、結局また痛みに耐えて立ち上がることになる。
携帯電話とかテレビのリモコンとかティッシュボックスとかって、どーして何度置き直しても、あと数センチ、というところに「逃げちゃう」のかねぇ(自分で置いているくせに)。
その数センチ、手を伸ばそうとすることで、腰に猛烈な痛みが走るんだが。手を伸ばせないので、いちいち体勢ごと立て直す羽目になる。
コンセントも、よりにもよって全て、あんなに低い場所にあるし。
こんなときに限って、コンビニのレジに並んでいたときに手にしていた商品をうっかり落としちゃったり、頼みの綱である松葉杖を倒しちゃったりして…拾い上げるという行為だけで、大仰なことになってしまう。というか、普段なら何気ない「行動」を起こすのに、いちいち起こるかも知れない痛みに対する「覚悟」をして、自分に気合を入れてからじゃないと動けないので、気疲れする。
それでも借り受けた松葉杖の使い方にも慣れてきたせいか、「内臓グリンッ」の回数も激減して、歩くこと自体には恐怖が薄くなってきた。電柱につかまって上体を支えていた要領で使うと、腰に負荷がかからず痛くならないことを覚えた。人間はやはり思った以上に頭が重い、ということらしい。

ここ数日の「冷え」が原因だったのではないか、ということなので、恐る恐る風呂にも入ってみる。
いつもだったらお気に入りの本を片手に、なのだが、今日は念のため万全を期して何も持たず。
ユニットバスに湯をはったところで、例えば誤って伸ばした両足が滑ってしまった場合…逆側の頭が水没するのに水深20cmもあれば十分。もれなく溺死体のできあがり、という事態が容易に想像される(まぁかつて1度だけ、未遂経験があるわけだが)。
何しろ、不慮の事故に対して色んなところの「踏ん張り」が利かない。

三度の食事と施術院に通うことだけで、辛うじて自身の一日を律している生活が、もう3日目。
安静に、っていわれても、ひたすら腰にラクな姿勢で寝ていることしかできない(さすがに飽きてきた)。
頭がどんどんおバカになっていっているような気がして、ちゃんと職場復帰ができるのか不安になってきた。