世紀末。

祝日だった昨日に続いて、すっかり無気力なまま。
開戦報道に加えて、このところの末期的な職場状況を思い出して、あぁ明日会社行きたくねぇな~と思う。
これまでいくつか職を変わってもきたが、自分が思うように仕事できないのが不甲斐なくて同じような思いに駆られたことは何度もあった。
まさか真逆なことになろうとは。
この年になって初めて経験する気持ちだ。


夕食の買い物に、スーパーへ向かう狭い路地で。
通りかかった黒いワゴン車は、十字路に入ってきても減速する素振りをみせず。車内には助手席の女性と顔を見合わせて笑いあっている若い男の姿。
和やかな空気が、7人乗りの広い車内一杯に満ちている感じで、大変結構なことで…停止線はそちらの道に引かれてるんですが。
道を譲った俺の方がまるでバカみたいで、あぁ、今日も外出なんかするんじゃなかったと早くも後悔した。

どんなに人恋しくなったとしたって今、すでに同居家族でもなきゃ「2m」以上近づくことができないんだぜ。
人生、たったひとつの真実はやっぱり、「早い者勝ち」だバカヤロー。
どんな挫折を経験したってどんなに傷ついたって、そのことで思いやりが身につこうが、接触機会がなかったらそんなの結局、クソの役にだって立たねぇよ。

だからってコロナ禍がある日運よく終わったとしても、急に俺のコミュニケーション能力が上がったり友だちが急増したりするはずもないわけで。
今息をひそめているリア充たちが、一斉にその「日常」に戻ることは、それはそれで今以上に俺の孤独感が浮彫りになるのが明白で、ある種の恐怖だったりもする。

今の俺は、自分でも信じられないほど誰とも繋がっていないので、誰も悲しませることなくいつでも消えることができる。
…俺のコロナ脳も、かなり進んできちゃったようだ。

「空の青さを知る人よ」のDVDを観ながら夕食を食べていたが、毎度この映画を観ながら捉われる思い。
こんな今の俺の姿を、高校時代の俺が見たらどう思うんだろう。
大学時代の木造アパートよりははるかに快適な「マンション」(?)暮らしも、なんだかんだでもう10年も維持している。
仕事に関しては決して名づけられるような何者かにはなれなかったし、そこに辿り着くための「必然」のような劇的な物語も、ひとつもなかったけれど。
できることは俺なりのペースだけど、増やしてこられたのかな。
…少しでもこうやって、前向きに捉え直せたのなら。